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Blog Category : Diary

唐揚げ食べたい。

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唐揚げが食べたい。
ここ数日、そればかり考えている。
近所の弁当屋の唐揚げがめちゃくちゃおいしいことに気づいてしまったからだ。
そこの唐揚げは、けっこうしっかり揚げてあり、時間がたってもカラッと感が失われない。
肉は丁寧に下ごしらえされたもも肉で、臭みはゼロ。
しょっぱくもなく、薄味でもない、酒の風味がきいたまさに絶妙な味つけ。
そしてここが一番大事なのだけれど、肉と脂身の配分がちょうどいい。
肉部分だけだとパサパサになりがちだし、私はもともと鶏の脂身が苦手なので、
脂身が多いなんていうのは論外だ(でも、そういう唐揚げは意外に多い)。
唐揚げは、コンビニだろうと居酒屋だろうと、わりとどこにでもある食べ物だけれど、
「これぞ」というものに出会うことは少なく、
自分から買って食べることはほとんどなかった。

でも唐揚げが嫌いだったわけではない。
むしろ、心のどこかで理想の唐揚げを追い求め続けていた。
今までのナンバーワンは、実家で出てくる揚げたてのザンギだった。
鶏の唐揚げは、北海道では「ザンギ」と呼ばれていて、
東京で食べる唐揚げとは衣と味付けがちょっと違う気がする。
今でも母は、私が帰省するとザンギを揚げてくれる。
そういえば、母はザンギをつくるとき、まず脂身を丁寧に取り除いていた。

東京に出てきて10年。やっと理想の唐揚げを見つけた。
近所の弁当屋にある、というのがまたいい。
なんとか鶏を使った〜みたいな、高級なのが美味しいのは当たり前。
そこの唐揚げは、ボリュームがあるのに1個50.25円なのだ。
この半端な価格設定、たまらない。

なのに、弁当屋が休みだったり、唐揚げだけ売り切れだったりして、
この2週間、その唐揚げを食べられていない。
ショーケースの中に明らかに唐揚げはないのに、
お店のおばちゃんに「唐揚げ、ありませんよね?」と、
奥に予備が取り置いてあることに望みをかけて聞いたこともある。
でもやっぱり、ないものはないのだ。
「今日は売り切れちゃったのよ、ごめんなさいねえ」と言われ、
「ですよねえ」と苦笑いで引き下がる。
悲しい。唐揚げ食べたい。

2013.9.25

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おつらいのがお好き。

少し前にやっていたお仕事が、かたちになって世に出ました。うれしい。

それは初めてやる大きな仕事で、
書いても書いても終わらず、
朝まで書いて2時間寝て、起きて8時間くらい書いて2時間寝て、また朝まで……
というような生活を送っていた。

原稿が6〜7割終わったあたり。夕方寝落ちていたら、夢をみた。
修学旅行のようにみんなで旅館に泊まっていて、
一つの部屋に輪になって座っていると
クラムボンの原田郁子さんみたいな人が来て、歌を歌ってくれる。
私はそれを聞いて夢のなかで泣いてしまう。
そうしたら、なぜかそこにいたお姉ちゃんが「だいじょうぶ、だいじょうぶ」と
私の頭を撫でてくれるのだった。

そこで、若干しゃくりあげながら目が覚めた。
あぁ、いま自分はつらいんだなあ、と他人ごとのように思った。
なんとわかりやすい夢。しかもそこでなぐさめてくれるのが姉とは。
色気のなさにしんみりする。
6〜7割まできたとはいえ、まだ先は長いし、しかもこれでいいのかもわからない。
初めての仕事のやり方は、誰も教えてくれない。
壁にぶつかりながら、先があることを信じて、そろそろ歩くしかない。

気を取り直して、すぐ原稿の続きを書こうとしたけれど、
夢のなかのメロディーが頭のなかで鳴るたびに、涙が出てしまう。
しかも、だんだんしゃくりあげがひどくなってきた。
とりあえずなにか飲んだほうがいい、と思い
お茶を淹れ、飴をなめて、深呼吸をした。

はー。原稿書きすぎて夢で泣くとか、うける。
それをひとりで何とかしようとしているのも、うける。
このつらさも含めて私の仕事だ、と思った。
そこには「なんでここまでして」みたいな後悔はなくて、
泣いてるくせに、「こうでなくっちゃ」という妙に前向きな気持ちだった。
最初だしな。徐々に筋肉をつけて、鍛えていかないと。
そして、最初はあれくらいの負荷でまいっていたなんて、と
マッチョになった私が懐かしく思い出すようになるのだろうな。

2013.7.19

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ライターは食えない職業なのか。

 

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独立時に撮った写真。ノートにメモをとることはほとんどないですが、ライターっぽいかなと

 

独立して1年4ヶ月ほど過ぎました。

「フリーランスのライターです」と自己紹介をすると、
かなりの確率で「どうやって仕事をとってくるんですか」と聞かれます。
なので、それについて書こうと思います。

どうやって仕事をとってくるのか。
答えは、
「待ってるだけで、次の仕事の依頼がくる」
です。

うわー怒られそう。そんな甘いもんじゃねえってしばかれそう。
でも、ありがたいことに、現状はそうです。
フリーランスになると決めたときは、一つしか仕事のあてがありませんでした。
しかし、高校の弓道部の同級生や前々職の同期、親友の母の教え子、
飲み会で知り合った編集者さんなど、さまざまな知り合いのつてで
気がついたらたくさんの仕事を依頼していただけるようになりました。
まったく知らない方からソーシャルメディア経由でご連絡いただき、
そこから仕事のお付き合いが始まることもあります。

どうしたら、知り合いのつてで仕事が途切れず入ってくるようになるのか。
うーん。
一つひとつの仕事で成果を出してつなげていくのはもちろんなんですが、
仕事を依頼してくれるような知り合いが、もともといるかどうかも大きいですよね。
それはもう運としか言いようがないのかもしれません。

……という結論では、何の参考にもならないエントリになってしまうので、
もうちょっと分析してみます。

よく考えると、同じ大学の人から依頼された仕事ってないんですよね。
母校の卒業生はかたい職業につく人が多いので、
編集や広告に携わっている同期はほぼいないような気が。
クラスメイトも公務員や教員、あとは大手銀行などに就職していました。

前職のつてもないです。
(前職時代に取材で知り合った方のつてはあります)
前職は取引先がほぼ1社だったので、外部との付き合いが少ない職場でした。

つまり今の私は、
主に高校時代と前々職(人材系のベンチャー企業)時代のつてで仕事をしているということ。
高校は自由な校風だったからか、卒業生はかなりいろんな進路をたどっています。
札幌の高校でしたが、東京に出てきている人がほとんどです。
前々職では、外部のコピーライターさんやデザイナーさんとも仕事をしていましたし、
クライアントもたくさんいました。おまけに、独立した社員もたくさんいます。

やっぱり編集・広告ライターの仕事は、ベンチャーやフリーランスで仕事をしている人の
まわりに多い気がします。個人からいろんなリンクがつながっているからでしょうか。
いわゆる大企業の周りにはライターの仕事があまりないような……。
あっても、依頼はそこの社員からではなく、
その企業とつながりのあるフリーランスの方、または制作会社から来ることが多いです。
あ、出版社は、大手でもライターへの仕事があります(当たり前か)。

仕事ってあるところには、固まってあるんですよね。
どこに書き仕事があるのかを見極めて、そこにいる人とつながりを保ち、
自分がフリーでライターをしていることを、ソーシャルメディア上で発信しておく。
そうすれば、自ずと仕事が入ってくるのではないでしょうか(甘いかな)。
そして、ひとつの仕事で結果を出せば、芋づる式に次の仕事につながっていきます。

昨今、ライター業は食えないという記事を見かけることが多いです。
でも、私の実感としては、書く仕事のニーズはめちゃくちゃたくさんあります。
学生からいきなりフリーランスのライターになるのはおすすめしませんが、
ジャンルを選べば、充分食っていける職業だと思います。

 

2013.5.19

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年越しに読んでいた本。

あけましておめでとうございます!
昨年は、フリーランスになってたくさんのうれしいご縁がありました
昔から知り合いだった方、新しく知り合った方、みなさまに支えられて、
ライターを続けることができました!
今年もなにとぞよろしくお願いいたします。

さて、年末から年始にかけては、安野モヨコさんの『日記書いてる場合じゃねえよ』を読んでました。

これは安野さんが28歳から29歳にかけて、ウェブで書いていた日記をまとめたもの。
高校生の頃何度も読んでいたのを、実家の本棚から引っ張りだして何年かぶりに開いて、
思わずうなりました。いやー、私のルーツはここにあったのか。影響受けすぎててびっくりする。

私がうかつな人を「うかっちゃん」と呼んだり、
こわいときに「おとろてぃー」というのはここからきてます。
しかもこの、女子と、おっさんと、オタクのバランス。
なにをおもしろいとするか、なにを美しいとするかのセンス。
メイク、ファッションに関して出てくる怒涛の固有名詞も、
わからないながらに読み進めることで、基礎知識をとしてすり込まれてました。
描かれている服やアクセサリーが、実在ブランドだって知ってから、詳しく見るようになりました。

そして、いまや仕事の仕方も似てきている……
(いや、安野さんの方が何倍も大変で、すごいのですが)
日記で、いつも「この修羅場を抜ければ、楽になる」といいながら、
毎週〆切があって、徹夜して、合間に本や漫画読んでるんですよ。
ここまでは私も一緒だけれど、安野さんはさらに、
漫画家仲間と飲みに行って、買物して、海外旅行もしている! あこがれます。
インターネットばっか見てる場合じゃないぞ、私。
才能ある人って、エネルギー量もハンパないですよね。

そして、28歳〜29歳の安野さんはちょこちょこデートもしてる。
この日記でなにがおもしろいって、彼氏と付き合ったり別れたり、
ということがちゃんと書かれてるところだと思っていた。
そして、庵野監督のことは、いつもサンダルを履いているクリエイター友だち、
という感じでちらっと出てくる。そのあとご結婚されるとはなあ。
そしてご夫婦一緒にお会いする機会に恵まれるとは……。
そして安野さんとお話しできる日がくるとは……うう泣ける。

なにを食べたとか、なにを読んだとか書いてあるだけなのに、
すごくおもしろいんですよ、この本(残念ながら絶版のようです)。
そして、イラストも満載! 超かわいくてかっこいい、バッファロー五人娘の設定とかも!
きゃーきゃー! あぁ、このバッファロー五人娘が、
佐渡島庸平さんのエージェント会社・コルクのプロデュースで発刊されるなんて胸熱です!!(白目)

(1月8日発売予定)

ほんっとに安野さんの絵、すごく好きで何度も何度も見てた。おしゃれした女の子が特に。
だから美人画報も好きだった。私の「大人の女性」の原型がここにあるのかもしれない。

安野さんがおやすみに入ったのは、この日記から8年くらい。
私もいまちょうど、この日記の頃の安野さんと同い年。あと10年くらいは、ぶっ倒れるまで走るかー。

2013.1.1

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cakesオープンと師匠からのDM

きのうから、同じDMを何度も見てニヤついている。

文章の師匠の(と勝手に仰いでいる)古賀史健さんに原稿をほめられたのだ。

 

きのうはコンテンツプラットフォーム「cakes(ケイクス)」のオープン日だった。ぱちぱち。

 

 

私も、

茂木健一郎さんとハーバードの理論物理学者北川拓也さんの対談
「天才のつくり方」

投資家の藤野英人さんが実力ある経営者にインタビューをする
「イケてる経営者が日本を救う」

のライターとして携わっている。

どちらの企画も取材が毎回めちゃくちゃおもしろくて、

いい仕事に関わらせていただいているなあと思う。

 

ライターの古賀さんに会ったのは、2年前の夏。

前職の会社で担当した企画で

私は取材のコーディネートなどを担当し、古賀さんが原稿を書くというイレギュラーな体制だった。

そこで、古賀さんと同じ取材に入り、同じテープ起こしを読んで、

同じ条件でこっそり原稿を書いてみるというめずらしい体験ができた。

 

もう、どんだけ自分の原稿がしょぼいかはっきりわかった。

そして、古賀さんの原稿はおもしろすぎた。

しっかりした構造のストーリーとダンスのようなリズム。読み進めずにはいられない魅力があった。

それは、うちの会社に「こんなすばらしい原稿を書いているのは誰ですか」と

問い合わせがくるほどだった。

 

取材原稿って、こんなに人の心を動かすように書けるのか。

初めて目指すべき姿が見えた気がした。

同じ素材で、同じテーマについて書いているのに、なんでこんなに違うんだろう。

どの箇所をどう使ってどういう構造でストーリーを組み立てたのか。

そこにはどんな接続詞が使われているのか。

自分の原稿と照らし合わせながら、古賀さんの原稿を一字一句追っていった。

それはとても貴重な体験だった。

 

ライターは基本的に、文章の書き方を誰にも教わらない人が多いと思う。

朱字を入れてもらうことはあっても、そもそもの素材(取材内容)をどう料理するか

という部分は手取り足取り教えてもらえるものではない。

しかも、ライターとしてどういうキャリアを積んでいくべきかも、ひとりで模索していくしかない。

偶然にも、こんな文章が書きたい、こんな仕事がしたいという

2つを兼ね備えた先輩ライターに出会えて幸運だった。

 

ケイクスの原稿も、書いている時に、ケイクスを立ち上げた加藤貞顕さんとの対談記事を読み

「うおー、対談ってこんなにおもしろくできるのか」と

刺激を受けて、けっこう書きなおした。

 

そんな道標みたいな古賀さんからもらった「原稿うまくなったね」の言葉は

なんかものすごくうれしかった。

 

古賀さんのケイクスの連載はこちら。

文章ってそういうことだったのか講義/古賀史健

 

これまた文章を書く人にはものすごくためになる。

読んで、こんなに「書く」行為を意識化してやってるとか古賀さんやばいわ……と、

目指している山の高さを思い知った。

私はまだ感覚的に書いている部分が多いな。

うーうー、がんばろう。

2012.9.12

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